「あなたの心に…」

 

 

 

Act.11 私とアイツの罰

 

 

 

 痛ぁ〜いっ!

 私は右肩を思い切り手すりにぶつけた。

 全体重がその右肩に掛かって、そして…。

 ゆらりと私の身体は左肩から内側へ傾いていったわ。

 つまり、ベランダ側。

 命拾いはしたけど、受身も取れずにベランダの床面に私は叩きつけられた。

 人工芝だったのが、まだ救いだったわ。

「アスカ!大丈夫!」

 マナが壁をすり抜けて私の真横へ飛んできた。

「ね、アスカったら!」

「大丈夫…、って言ったでしょ」

「もう…無茶なんだから…ぐすっ…」

「ほら、マナ。泣いてる暇ないわよ、って、痛い!」

 私は立とうとして、右の二の腕を押さえた。

 さっき手すりで打ちつけた場所だわ。折れてはいないみたい。

 痛みをこらえて、私は部屋の中に入ったの。

「マナ、とりあえずここで待ってて。アイツに見られたら困るでしょ」

 電気は…造りは一緒ね…あった。洗面所ってマナ言ってたよね。

 あ、いた。パジャマ姿で倒れてる。

 真っ赤な顔して、額に手をやるとやっぱりかなり熱が高そう。

 どうしよう…。まず、解熱剤ね。どこにあるんだろ。

 そっか、一旦私の部屋に戻ればいいんだ。

 まず、アイツを布団に寝かさなきゃ。

 

 マナに聞いて、アイツの部屋の布団を確かめた。

 抜け出した形で掛け布団が膨らんだままだったわ。

 その布団にアイツを運んだ私は、まず一息ついたわ。

 結構重いんだからアイツ。

 そして、襖を閉めてリビングのマナのところへ戻ったの。


「じゃ、一度部屋に戻って薬とか見てくるね」

「ベランダから?」

 マナが目を丸くした。

「まさか、あんなのもう二度とごめんよ。鍵開けて玄関から出ればいいじゃない」

「あ、そうか。アスカ頭いい!」

「当然!じゃ行って来るね」

 

 数十秒後、私は『惣流』のネームプレートの入った扉の前で立ちすくんでいた。

 鍵掛かってる。それに、確かチェーンロックもしてたよね…。

 私は馬鹿だ。大馬鹿だよ。

 

「駄目だよ、アスカ。もうやめてよ」

「うん、私ももうできないよ。どうしよ…」

「私にできることがあれば…」

「そうね…この家の薬の場所はわかる?」

「うん、変わってなけりゃ…こっち」

 私はマナに付いていった。とりあえず解熱剤があれば…。
 運良くアイツは薬の場所は移動させてなかったわ。

 解熱剤も市販のだけどあったし…。

 ちょっと待って!どうやって飲ませるのよ!

 アイツは意識ないのよ!

 困ったな。マナに聞いたら、絶対に口移しだと主張するだろうし…。

 私、こんなファーストキス、絶対にイヤだからね。

 そうだ!こっちの鍵は開いてるんだから、恥ずかしいけど救急車に来て貰うしかないわね。

 電話はどこだろ?

 

 3時間後。

 私は病院に駆けつけて来たママにこっぴどく叱られた。

 業者さんに扉を開けてもらわないといけなくなったからじゃない。

 命懸けでベランダを渡ったことなの。

 ママに頬っぺたを引っ叩かれたのって、何年ぶりかな。

 電話してくれば何とかしたのに、
 どうしてそんなことをしたのかって、泣きながら往復びんたをもらったわ。

 ごめんね、ママ。

 だってどうやってアイツが倒れている事を知ったか、説明できないんだもの。

 幽霊に教えられてなんて言えないから。

「アスカ。罰よ。今、お料理を教えているでしょ」

「はい」

「お料理以外も覚えてもらうわ。掃除、洗濯、裁縫…、そうね、編物もいいわね」

「ママ、そんな…」

 13年と360日、家事知らずで来た私に、この罰は重すぎるわ。

 でも、反論できません。

「うん、クリスマスまでにマフラー1本が最低ノルマね」

「ま、マフラー?」

「そうよ。イヤなの、アスカ」

「がんばります…」

「よろしい。あ、それともう一つ」

「えぇ!まだあるの?」

 ママは悪戯っぽく笑ったわ。

「碇君を看病すること。アナタが見つけたんだから責任は最後まで取りなさい」

「はい」

「それほど酷くなかったから半日入院って、先生がおっしゃってた。
 アスカも付き添いで病院に残ってなさい」

「はい」

「時間になれば、私が車で迎えにきます。
 そのあと、今日明日とちゃんとアスカが看病するのよ」

「はい」

 ママには「はい」としか言えない。だってママは正しいんだもん。

 仕方ない。土日の休みはアイツに捧げますか…。

 

 マナは病院に付いてこなかったの。

 理由を聞いたら、病院には霊がいっぱいいるから、怖いんだって。

 自分が幽霊の癖に。

 でも私、マナは見えるけど、他の霊は全然見えないよ。

 ま、見たくないけどね。

 

 アイツはベッドで点滴中。見つけてから一度も目を開けてない。

 私はずっとベッドの横に座っているつもりだったけど、
 看護婦さんに右腕の打撲を見つかっちゃった。

 外科に連れて行かれて、湿布された上に三角巾で腕を吊られてしまったわ。

 これだけですんで良かった。手すりの逆サイドに落ちてたら、今ごろ霊安室かな?

 アイツは昼前まで眠ったままだった。

 することがないから、私はアイツの顔を観察したの。

 男らしい顔じゃないわね。

 マナに叱られちゃうけど、やっぱり第1印象通り『冴えない』って感じね。

 でも笑うと、結構好きだな…。

 あれ?

 あ、違う違う。笑ったほうがいいっていう意味。

 アイツ、今、夢見てるのかな?

 楽しい夢…、見てないような気がする。

 いつも、つらい夢だと思う。

 もし、マナとの想い出みたいな夢だったとしても、起きた時に余計つらくなるもんね。

 『碇シンジ』か。

 ベッドサイドのネームプレートを見て、
 私はアイツの名前をフルネームで声を出さずに言ってみた。

 そういや、マナが言ってた。

 『馬鹿シンジ』って。

 案外、いい呼び名かもしれない。

 でも、これはマナ専用ね。私が言ったら、きっと真剣に怒られちゃうわ。

 あ、瞼が動いた。起きるのかな。

 

「おはよ、お隣さん」

「あ、え?」

 ふふ、戸惑ってる。おかしいわ。

「あの、えっと…、おはよう」

 アイツはやっと手に繋がってる点滴のチューブと病室の風景に気づいたみたい。

「病院?」

「そうよ。アンタ、案外タフなのね。1週間くらい入院って思ってたら、半日だってさ」

「えぇと、君が?」

「そうなるわね。救急車呼んだの生まれて初めて。あ、乗ったのもね」

「ごめん。全然覚えてない」

「そりゃそうよ。意識があったらここまで騒動になってないもの」

「うん…、あれ?鍵…。鍵は?掛かってたはずだよね」

 逃げられない質問ね。変に嘘はつけないわ。

「インターホンに返事がないし、電話も出ないし、中で倒れてるって判断しかなかったわ」

「でも…」

「ベランダに鍵掛かってなかったから、そこから入らせてもらったわ」

「え!ベランダって。8階じゃないか、それにあそこ簡単に来れないだろ。それを君が…」

 ようやく私の三角巾に気づいたみたいね。

「そ、それって、まさか」

「ちょっとドジっただけよ。心配ないわ。ただの打撲」

「む、無茶だよ。落ちたら、し、死ぬんだぞ」

「そうね」

 私はわざと平然と言ってやったわ。

「でも、大丈夫だった。だからいいじゃない」

「だ、だけど、ベランダにも鍵掛かってたかもしれないじゃないか」

「だったらブチ破るだけよ。あ、そのときの補修費用はそっち持ちだけどね」

「君ってメチャクチャだ」

「あら、ありがとう」

「僕なんて、放って置いてくれたらいいんだ」

 アンタって。ホント、馬鹿だ。マナの言う通り馬鹿シンジだね。

「病人でもぶん殴るわよ。アンタ、勝手に死なせたりしないわ」

「どうして?」

 マナに頼まれたから…とは言えないわね。

「隣人でしょ。それに同じクラスじゃない。それに、アンタ、私の友達でしょうが」

「トモダチ…」

「そうよ、アンタはそう思ってないかもしれないけどさ。私はアンタの事を友達だと思ってる」

 そして一番の親友の大好きな人。でもこれだけは言うことはできない…。

「違うの?これまでアンタが私にしてくれたのは…、ただの優越感?それとも憐れみ?」

「ち、違うよ。そんなのじゃない。ただ、放って置けなくて…」

「はん!じゃ、同じじゃない!
 教科書にルビ振ってくれるのも、ベランダ飛び越すのも、同じよ!」

 そうよ、アンタの輸血だって同じなのよ。結果的にみんなが事故に巻き込まれただけじゃない。

「そんな…、それってリスクが違いすぎる…」

「へぇ…、じゃ何?アンタは自分に災難が掛からないときだけだった?
 私が編入してきたときだって、ローレンツと喧嘩になるのは目に見えてたでしょ。違う?」

「いや…それは…」

「グチグチ言わないの。こういうときは素直に感謝して、素直に反省しなさい」

「あ、ありがとう……。で、反省って?」

「アンタ、馬鹿じゃない。体調崩して薬飲んでなかったんでしょ。先生が言ってたわ」

 ここは嘘交えね。仕方ないわ。アイツのためよ。

「うん…すぐ直るって…」

「アンタ、一人暮らしなのよ!周りに迷惑掛けるんじゃないわ」

「う…、でも…僕は…」

「あ〜!うじうじするんじゃないの!体調が悪けりゃ薬を飲む。これ常識。いいわね!」

「わかったよ。そうするよ」

「よし!」

 マナ、良かったね。これで半歩くらい前に進んだかな。

「はぁ…」

 私は前のめりになっていた身体をパイプイスに預けた。イスがギシッと鳴った。

 アイツとの議論は疲れるわ。

「あ、それからアンタの世話、私がして差し上げることになったから、よろしくね」

「え!何、それ。誰が決めたんだよ?」

「私のママ。ベランダ飛び越えた罰なんだって…。
 アンタが一番悪いんだから迷惑掛けんじゃないわよ」

「そんな…これ以上、君に面倒は…」

「黙んなさいよ!」

 私は右手が使えないから、左手でアイツの顔面を指差したわ。

「だからアンタが悪いんだから、言うことを聞かないといけないの。わかる?
 それにアンタごときが私のママに逆らえるわけないじゃない!
 ママの意見を変えることができるのはこの地球上でパパだけなのよ!」

 アイツは目を丸くしてた。1回だけ会ったママのイメージと違うからかな?
 一見、凄く優しそうなんだけど(実際凄く優しいんだけどね)、ママは私の何十倍も頑固なんだから。

「いい?夕方に退院だから、今日と明日は私に逆らわないこと。
 私の料理はまだ修業中だから、ママの美味しいのを食べさせてあげるわ」

「修行って?君は…あれ?」

 あわわわ、口が滑っちゃったよ。

「ごめん、こないだのサンドイッチ…、生まれて初めて…だったの。
 だから今ママに附いて修行中。えぇ〜い、だからアンタはこれから試験体になればいいのよ。わかった?」

「君の料理を食べさせられるの?」

 アイツの表情が暗くなったわ。きっとアイツの脳裏に、いや舌にあの壮絶な味が甦ってきたのね。

 私も思い出してしまったわ。ぐへぇ〜。

「はぁ…、大丈夫よ。あの時はママのチェック全くなかったから。
 今はママの味をコピーしてるからね。だから、いいわね。これも今回のアンタへの罰よ」

「そう言われちゃうと、言い返せないよ…」

「よし!決定ね。毎晩持っていくから、
 う〜ん、持って行くの面倒だから、アンタ家に来なさい。うん、それがいいわ!」

「え!そんな、君ん家に迷惑だ…」

「五月蝿い!ゴタゴタ言うと、もう一回、ベランダ飛び越してやるわよ。今度は落ちるかも」

「えぇっ!そんな!脅迫じゃないか、酷いよ」

「だ、か、ら、私に逆らうなって言ってるの。しつこいわよ」

 アイツは溜息を吐いたわ。あきらめたみたい。

 はん!私に逆らえるのは、ママとパパだけなんだから!

 アンタみたいな軟弱者に勝てるわけないでしょ!

 

 よしよし。半歩どころか数歩前進よ!

 私は転んでもただでは起きないの。

 はは、さすがは惣流・アスカ・ラングレー様ね。

 マナが喜ぶ顔が目に浮かぶわ。

 早く教えてあげたい!

 アンタのアイツが、だんだん戻ってきてるのよ。

 

 

 

 

Act.11 私とアイツの罰  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第11話です。『生か死か、アスカの看病』編の中編になります。
ここで設定をひとつ。
アスカとシンジの会話が今回からまともに始まりましたが、違和感があると思います。
アスカはまだシンジのことを異性として意識していません。
シンジのことを友達程度、または親友の恋人と考えているため、喋りすぎてるくらいにしています。
このあと、アスカがシンジに対しての口数が少なくなっていくときが…。
それと同じ事がシンジにもいえます。「惣流さん」が「アスカ」になる日は?
アスカがそれを認めさせるのは…いつ!(まだそこまでプロット考えてへんねん。どないしょ!)